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企画意図論 その5

今日は、企画意図論のその5。

 

企画意図を書くかはともかく、
考えることの有用性について。

 

宣伝会議賞の作品を見ていると、
それって広告的にどう機能するの?
と疑問に思うことがよくあります。

何を起こそうとしているのか、
それは本当に起きそうなのか。

 

例えば、ECCの作品でありがちなのが、
英語が話せなくてこんなに困った、的なもの
が、そういう作品には違和感を感じることが多い

話が嘘くさくて、その割におもしろくないとか、
多くの人にとって分かりきったことを、
知らなかったかのようにコピーっぽくしてるとか、
実際にあるかもしれないが、マイナーすぎて、
ECCに通う動機にはなりそうにないとか。

 

「困った話」をいろいろ考える以前に、
「困った話」がコピーとして効くのか
効く「困った話」はどういうものか
そこが考えられていないような・・・。

企画意図を考えたり書いたり読んだりすれば、
もう少しその辺りのチェックができるのでは。

 

ちなみに、第52回のECCの課題では、
課題中の「試してみたくなる」を反映してか、
「背中を押す」アプローチが増えているような。
「困った話」よりは、その方がずっといいと思います。

「困った話」は、それ自体は「説明」に過ぎないけど、
「背中を押す」の方は「機能」が組み込まれているので。

 

もちろん、「企画意図」で説明しなくても、
「背中を押されてECCに通いたくなる」、
と感じさせなきゃいけないんだろうけど、
ただ、「困った話」があまりにも氾濫しているのを見ると、
「背中を押す」方が機能すると考えてのことです、と、
一応説明しておきたくなるのが人情(?)かと・・・

 

明日は、企画意図論の、まとまらないまとめ。
では。